2023年12月07日

2023年「名言グランプリ」発表直前!2022年グランプリ戸田奈津子さんインタビュー

2023年「名言グランプリ」発表直前!2022年グランプリ戸田奈津子さんインタビュー

いつもこの時期に

「すばらしい名言」という視点から

1年間をふりかえってきた当研究所。

 

「名言グランプリ2023」の

発表を12月12日にひかえるなか、

 

「想像力さえあれば、太古でも未来でも、宇宙にだって行ける」

 

という名言で

昨年、グランプリを受賞された

日本を代表する

字幕翻訳家の戸田奈津子さんに、

コトバに込めた思いをうかがってきました。

 

(名言が刻印されたトロフィを手に持つ戸田さん)

 

あの映画も、この映画も、戸田さんの翻訳!           

 

戸田奈津子さんは

1936年、東京生まれ。

 

『E.T.』、『タイタニック』、

『ミッション・インポッシブル』

をはじめ、

だれもが知る映画の字幕翻訳を担当し、

80代のいまも現役をつづけています。

 

これまでに手がけた映画は

なんと1500本以上。

週1本のペースで字幕をつくらなければ

回らないこともあるそうで、

とにかくお忙しい日々です。

 

ただ、忙しいといっても

疲れや悲壮感はまったくなく、

むしろ、チャキチャキとした

語り口から伝わるのは、

その忙しさを全身で楽しむ雰囲気です。

 

「この仕事は自分の思うように
好きなことをやれるから。
自分のやりたいことをやったら、
そりゃあ幸せよ」(戸田さん)

 

「想像力さえあれば、太古でも未来でも、宇宙にだって行ける」          

 

戸田さんが外国の映画と

はじめて出会ったのは、

焼け野原となった戦後の、小さな映画館。

 

当時の灰色の風景とは

まるでコントラストをなす

カラフルな洋画の世界に、

小学生だった戸田さんは

夢中になったそうです。

 

「それでまあ、
いわゆる人生変わりましたけれど、

映画にハマったということね。
それがブレずに今までいってるわけですから。
好きであればそういうことが
できるわけですよね。

別に苦労しなくても。
努力なんか何もしてないよ、私(笑い)」

 

そう語る戸田さんの目は

キラキラと輝いていて、

少女のときに魅了された感動を、

そのまま宿しているように見えました。

 

映画にそこまで引きつけられる

その魅力って、戸田さんにとって

何なのでしょう?

 

「映画っていろんな題材があるけども、
要は想像力でしょう。
役者は人殺しもやれば、
お金持ちの結構な身分の人も、
ぜんぶ自分の想像力で
演技してるわけでしょ?

俳優さんはね、
体を使ってそれを表現する。
私は俳優じゃないから、
言葉で、セリフで、表現するんです。
同じことです。
いつも頭の中で演技しなきゃ、
セリフは作れませんって。
字幕はその人のキャラクター、
気持ちになって
初めて作業になるわけだから。

頭の中、いつもお芝居して。
それも、私が好きなことなんです。
一人の女の一生で
体験できることはわずかだけど、
その俳優さんと同じように、
太古人にもなれれば、
宇宙飛行士にもなれるじゃないですか」

 

「『好き』を突き詰めなさい。『好き』って楽しいことよ」                  

 

「仕事が好き」という気持ちに

突き動かされるように、

ずっと第一線で活躍されてきた戸田さん。

 

ですが、意外なことに、

はじめて仕事を認められるまでは

なんと20年間も

“鳴かず飛ばず”の時期を

過ごしたといいます。

 

『地獄の黙示録』(1979年)で

ようやくブレークしたのは、

戸田さんが43歳のとき。

それまではアルバイトで

食いつなぐ生活だったそうです。

 

「(大学を卒業したあとに)
1年半、会社に勤めたんだけど、
私はもう絶対、宮仕えはダメって、
自分はそういう人間だって、
ハッキリわかったの。
人にああしろ、こうしろって言われる
生き方は、ぜったい自分にはできない。
でも、字幕翻訳の仕事は
私みたいなワガママ人間には
いちばん良い仕事だった。
そういう確信は当時からあったし、
現に、そうだった」

 

そうだとしても、

20年は、あまりに長い。

「よく待つことができましたね」

と筆者が尋ねると、戸田さんは

キッパリとした口調で、こう答えました。

 

「自分が失敗したときのことを
ちゃんと考えているもの。それが大事よ。
好きなことやってもいいけど、
それが叶わなかったときも
ちゃんと覚悟しておかなきゃ。
『夢を持ちなさい』
って非常に危険な言葉でね。

『夢は叶う』って言ったら叶うわけ?
そんな甘いんですか?世の中。
違うでしょ?
半分は失敗するのよ。
だって五分五分なんだよ。
私には、覚悟はちゃんとあります。
だって、20年間、叶うか叶わないか
わからなかったわけだから」

 

では、その「覚悟」をもつには

どうしたら良いのでしょうか。

 

「『好き』を突き詰めなさい。
それしかない。
『好き』って楽しいことよ。
その人の幸せは、
その人が楽しいと思うことにあるんですよ。
それをちゃんと詰めていけば、
失敗もあるけれども、
それも覚悟の上で生きなさい、
といいたい」

 

「人のレールに乗っても、ちっともおもしろくない」    

 

 

戸田さんのコトバは

人生の含蓄にあふれていて

どっしりとした重みがあるけれども、

その語り口は、あくまでも

ひょうひょうとしていて、

春風のように気持ちの良い爽やかさを

感じさせるものでした。

 

一貫して感じたのは、

世間の評価を

過度に気にすることなく、

自分の頭と気持ちに

つねに正直にむきあう姿勢です。

 

「あなたがすごく幸せでも、
それは私の幸せじゃないじゃないですか。
その人の主観じゃないですか。
だから不幸とか幸せとかね、
他人が決めちゃダメ。
その人の主観なんだもの。
そこがね、
みんなよくわかってないんじゃない?

幸せって誰が決めるの?ないよ、定義なんか。
その人が決める。その人の主観ですよ。
だからね、レールを引いちゃだめよ。
別にこの世の中
レールなんて引いてないんだから。

レールを外れたほうが
ずっとおもしろいんですよ、本当は。
人のレールに乗っかっても、
ちっともおもしろくないよ」

 

「レールから外れる」とき、

道しるべとなるのが

「他人を安易にまねせず、

自分が良いと思うほうを信じぬくこと」

というのが戸田さんの人生哲学です。

 

実際に、「映画が好き」という気持ちを

突き詰めた結果、

戸田さんが手がけた字幕の

ひと言、ひと言に多くのひとが感動したり、

ふかく考えさせられたり、

忘れられない記憶の一部となったり

してきたわけです。

 

 

「コトバのプロ」としての戸田さんの哲学           

 

映画はかなり古い類いのメディアですが、

コトバをあつかうメディアの世界では

SNSという新興勢力が勢いを増しています。

だれでも気軽に発信できる時代となり、

コトバの総量は、確実に増えつづけています。

それは洪水のように

氾濫しているといってもいいくらいです。

 

流れてくるコトバをひとつずつみれば、

人を励ますコトバもあれば、

反対に人を傷つけるコトバもあり、

まさに「玉石混交」。

 

コトバをつかう字幕翻訳という

仕事をなりわいとする

いわば「コトバのプロ」としての

人生をおくってきた戸田さんは、

コトバとの向き合いを、

どのように考えてこられたのでしょうか。

 

「いい言葉で
人の心を動かすっていうのは
人間にとって、非常に必要なこと。
逆に人を傷つける言葉は、
そこに思いやりがないわけでしょ。
人のことを考えない、
自分さえよければいいっていう考え方だと、
おのずと棘のある言葉が出ますよ。
つまり、言葉の問題というのは、
根本的な生き方の問題でしょ。
生き方が出てくるのが言葉なんだから。
出てきたもとを反映するじゃないですか。
人間がいかにちゃんとものを考えて、
思いやりがあって、
ちゃんとした人間らしい生き方をしていれば、
いい言葉が出てきますよね。
そういう基本的な人間の
生き方を見つめてれば、

いい言葉が生まれてくるんですよ」

 

人の心を揺さぶるコトバというものは、

そのコトバを生み出す人の、

人間らしい生き方や考え方を反映したもの——。

 

それは、どんな名言にも通底する真理のように

感じました。

 

おわりに

 

さて、ことしも、当研究所が

「名言」という視点から、

1年をふりかえる季節の到来です。

 

戸田さん風に言えば、

それは、コトバの字面という文脈を超え、

コトバを通じて、ことしを生きた人びとの

「生のなりわい」を見つめ直す営み

ともいえるかもしれません。

 

「名言グランプリ2023」の発表は、

12月12日です。

 

おたのしみに。

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